M&Aを検討する場合などでは、企業の公正な市場価値、すなわち企業評価を算出する必要があります。小規模事業の場合は、ローンの再融資や事業売却の検討などでも企業価値の計算を求められることがあるでしょう。また、離婚など個人的な法的手続きでも、企業価値の把握が必要となる場合があります。
企業価値を評価する方法は複数あり、計算方法は業界、評価の理由、事業の状態などの要因によって異なります。近年では中小企業同士でのM&Aも増えていますが、小規模事業、法人、ベンチャーキャピタルから資金を得たスタートアップは、それぞれ異なる計算式を用いることがあります。
ここでは企業価値とは何か、またその計算方法について解説します。
企業価値とは
企業価値とは、対象となる企業の会社全体の価値を金額で表したものです。一般的には、事業によって生まれる経済的価値である「事業価値」と、投資有価証券などの金融資産や事業活動に使用されていない不動産などの「非事業資産の価値」を合わせた価値を指しています。
企業価値評価はM&A仲介会社、企業価値評価の専門会社、公認会計士などが行い、業界や事業形態に応じた評価方法が用いられます。評価の際は、資産(銀行口座や設備など、事業が所有する有形のもの)や負債(税金、給与、借金など)に関する情報を収集するほか、過去の貸借対照表をはじめとした財務諸表、将来の財務予測、給与なども考慮します。
企業価値を計算する際の基準には、財務データなど客観的で具体的なもの以外に、企業の評判や商標のように主観的なものもあります。これらも企業の価値を計算する際に考慮すべき重要な要素です。
M&Aを行う場合、算出した企業価値は、事業の譲渡会社と譲受する会社が円滑に取引を行うための指標となります。
企業価値の評価ガイドライン
企業の価値を適正かつ客観的に評価するために、主な5つの要因を考慮する必要があります。日本公認会計士協会の企業価値評価ガイドラインで定義されている各要因の概要は以下の通りです。
- 一般的要因:経済全体の景気動向などのマクロ経済環境や政治が企業価値に与える影響
- 業界要因:業界の成長性や競争状況、規制など、その業界特有の事情による影響
- 企業要因:財政状況、事業の収益性、経営戦略など、評価対象企業に固有の要素
- 株主要因:株主構成や持株比率、株主間の関係性などの影響
- 目的要因:評価の目的(M&A、処分、裁判など)に応じて前提や方法が異なる
企業価値評価:3つの計算方法
小規模事業主が企業価値評価を行うための方法はいくつかあり、大きく分類すると、以下の3つの計算方法があります。
1. インカムアプローチ
インカムアプローチは、リスクを考慮した上で、将来的に見込まれる収益やキャッシュフローに基づいて事業価値を推定する評価方法です。この方法のメリットは、企業が持つ固有の将来性や成長性を評価に反映できる点にあります。株主や取引先などの利害関係者や投資家が事業機会を評価しやすくなると言えるでしょう。
インカムアプローチの評価方法には以下があります。
- ディスカウントキャッシュフロー(DCF):将来的なキャッシュフローを予測し、そこからインフレや事業の不確実性などのリスクを割引率として考慮することで現在の価値を算出します。将来的に高い収益が見込める新しい事業に適しています。
- 配当還元法:将来、会社が支払う配当金と資本金を基に企業価値を決める方法です。主に安定的に配当を出している会社の評価に適しており、株主が得られる収益(配当)を基準に投資価値を測ることができます。
2. マーケットアプローチ
マーケットアプローチでは、株式市場やM&A市場における、類似企業の企業価値評価を基に企業価値を決定します。この方法では、同じ業界の類似企業の株価や他の資産の取引価額を調査します。公開されている情報を活用するため評価スピードが早く、比較的コストを抑えて情報を収集できるのもメリットの一つです。この方法は上場企業や、M&Aを検討している企業にとって有用です。
マーケットアプローチの評価方法には以下があります。
- 市場株価法:上場企業の株価を基に企業価値を算出する方法です。
- 類似企業比較法:同業・同規模の企業と、売上高や企業の利息、税金、減価償却、償却前の利益(EBITDA)倍率などの指標を比較して評価します。
- 類似取引比準法:同一業界での過去のM&Aなど類似取引の実績を基に企業価値を算出する方法です。
3. コストアプローチ
コストアプローチは、企業の保有している純資産額を基に評価する方法です。貸借対照表(バランスシート)の資産から負債を差し引くと純資産額を算出できます。コストアプローチは中小企業のM&Aで多く採用されています。
コストアプローチの評価方法には以下があります。
- 簿価純資産法:貸借対照表上の帳簿価格で資産と負債を評価し、純資産額から企業価値を算出します。資産や負債に関しては、現在の市場価値は反映されていないため実際の市場価格との差が生じます。
- 時価純資産法:資産と負債を時価に修正し、純資産額を基に企業価値を算出する方法です。簿価純資産法と違い、現在の市場価値が反映されます。
- 清算価値法:廃業(会社の消滅・解散)する場合に、会社を清算することを目的として使用される方法です。すべての資産の売却額から負債を差し引いた残額によって算出します。
企業価値評価が必要なケース

事業の価値を把握することが特に求められる場面として、以下のような状況が挙げられます。
- ステークホルダーが変わる場合:株主や投資家などの新しいステークホルダーが企業の売却価値を把握したいと考えることがあります。
- 事業の売却を希望する場合:事業の売却や他社との合併を検討している場合には、買い手や提携先となる企業が事業の価値を把握することが重要になります。
- 株式報酬の価格を決める場合:特に若いスタートアップがストックオプション(従業員などに限定した新株予約権)などを報酬として提供する場合には、それらの適正な価格を算出するために企業価値の評価が求められます。
- 資金調達する場合:銀行や債権者がローンや再融資の判断材料として企業価値の評価を求めることがあります。投資家も支援を検討する前に、企業価値を把握する必要があります。
- 税務報告を行う場合:事業の所有権が移転する際には、税務上その企業の価値を正確に把握する必要があります。日本では、事業や資産を市場価格よりも著しく低い価格で売却した場合、その差額に贈与税が課されることがあります。
- 個人的な事情:離婚時には、夫婦の共有財産を適切に分けるために、企業価値の評価が求められることがあります。事業の公正な価値に関して意見が対立した場合、弁護士が事業評価の専門家を依頼し、双方が納得できる評価額を算出することもあります。また、小規模事業主が遺産分割や相続対策を行う際にも、亡くなった後に資産を公平に配分するための評価が重要になります。
企業価値を向上させる方法

事業売却や資金調達などで有利になるよう、事前に企業価値を高める必要がある場合は以下のような方法を実践してみましょう。
- 収益性を向上させる:経費削減や新規顧客の獲得などを行い売り上げを向上させます。
- 負債を減らす:財務状況を見直して負債を減らすと自己資本比率が高まり、企業価値向上につながります。
- 投資の効率を向上させる:事業活動に使用されていない不動産など活用していない資産の売却や運用を行い、投資効率を高めます。
- 従業員のエンゲージメントを高める:従業員が企業に信頼感を持ち、企業理念を理解している状態は、生産性も高く優秀な人材が流出しにくいなど、企業価値が高く評価されやすくなります。
- 無形資産を活用する:知的財産などの無形資産がないか、ある場合はそれを活用して他社との差別化や権威性を高めることで、企業価値を向上させます。
まとめ
企業価値評価は、M&Aや資金調達のほか、相続や離婚などの個人的な理由によるものなど多様な場面で必要となります。その算出方法は主にインカム・マーケット・コストの3つに分類され、評価には、経営状況、財務データ、業界動向など多くの要素が関わります。事業売却のために必要なのか、税務報告のために必要なのかなど、目的に応じて最適な手法を選ぶことが大切です。
特に事業売却や資金調達のために企業価値評価が必要な場合は、できるだけ良い評価になるよう、計算方法だけでなく企業価値を高める方法についても理解するようにしましょう。
企業価値評価に関するよくある質問
企業価値と株式価値の違いは?
企業価値と株式価値の違いは、企業価値が会社の資産全体についての価値を表したものであるのに対し、株式価値は企業価値のうち株式発行で投資家から調達した資金など株式における価値を表したものである点にあります。
企業価値の算出方法は?
代表的な手法として以下が挙げられます。
- インカムアプローチ:ディスカウントキャッシュフロー(DCF)、配当還元法など
- マーケットアプローチ:市場株価法、類似企業比較法など
- コストアプローチ:簿価純資産法、時価純資産法など
企業価値の評価はどこに頼めばいい?
企業価値の評価は、M&A仲介会社や公認会計士、税理士などに依頼することができます。ただし、公認会計士や税理士に依頼する場合は、M&Aを専門に扱う事務所や経験のある事務所に頼むようにしましょう。
企業価値を計算できるツールはある?
企業価値は財務データなど客観的な数値以外も評価対象になるため、自動的に算出するツールはありません。しかし、M&Aの売却価格の参考になる計算ツールはいくつかあります。
- 譲渡価格算出ツール:日本政策金融公庫が提供するオンラインの無料ツール
- 株価算定シミュレーション:日本M&Aセンターが提供するオンラインの無料ツール
文:Miyuki Kakuishi